先行きも不透明な時代のまっただなか、とらえどころのない不安にさいなまれながら、自分の人生をどう生きるべきか、人々は霧のなかを手探りで進んでいます。
生きる価値と生きる手がかりを自分の外に求め、いつも満たされない自分を発見して、「なぜ自分は満たされないのか」「なぜ自分は幸福になれないのか」「なぜ自分は生きている充足感を味わえないのか」と、他人との比較に毎日をすごしがちです。

そんないま、世代を越えて人気のある写経。書店には写経教本がならび、各地の寺院では写経会が開かれ、インターネット上では写経用品販売専門サイトまであります。
心のよりどころを求めて、身近になった般若心経の英知に光明を見いだし、それを実践する人が近年いかに増加してきたかが見てとれます。
写経をありがたがる人は大勢います。写経を何千巻やったという成果を功徳とする人もいます。写経をそれだけ積み重ねていくことは並大抵の決意ではできませんし、その努力には誰もが一様に尊敬の念を抱くものでしょう。事実、写経によって平穏な心を取り戻せたり、写経によって難事から救われたという人も数知れずおられることでしょう。
しかしながら、まだ不平不満が口をついて出てきたり、日々の中で喜びを感じ得ない状態があるとすると、果たしてその教えを本当の意味でわがものにできていると言えるでしょうか。
「いま満足できていますか」「生活は変わってきていますか」──こうした単純な問いに、前向きな返答が果たしてどれだけ得られるでしょうか。

人間とは本来、幸福に満たされるように、この世に生まれてきています。しかしながらその幸福は、求めて得られるところにはありません。美しい理想を説く哲学書のなかにもありません。いくら周りを捜しても、発見することはできません。ただ、そのことに気づいていないだけなのです。「あなたの幸福はあなたのなかにある。もうあなたは幸福を手に入れている」のにです。「幸福」は、あなたに磨かれるために、あなたのなかでひっそりと眠っているのです。
人間とは悲壮な存在などではありません。
この「超写経」サイトでは、皆さんと一緒に、“写経を超えた写経”の実践体験を通じて、その明確な答えを導き出していきます。
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