言うまでもなく、人間は生命体です。生命というエネルギーがなければ、生きていません。それが「死」ということです。
これは、動物でも植物でも同じです。生命というエネルギーを失えば、同じように死を迎えます。地球上の生きとし生けるものは、みなエネルギー体なのです。
宇宙に目を向けてみましょう。太陽系をはじめ、さまざまな銀河や星々がこの宇宙には存在しています。それらは宇宙が誕生してから、規則正しいリズムで動いています。互いに引力というエネルギーで引き合いながら、その調和のとれた状態を保ってきています。
宇宙もまた、エネルギーに満ち満ちた世界なのです。
私たちの目に見えているものも、エネルギー体です。目に見えている姿は本質ではありません。それはエネルギーの結果として、いま目の前にある形をとっているにすぎないのです。
物質とはなにか、という問いを突きつめていくと、原子核と電子で構成されている粒子の集合体というところにたどりつきます。簡単に言ってしまえば、物質とは電磁気をともなったエネルギー体ということです。
目に見える世界、物質はエネルギー体の世界です。目に見えない世界もエネルギーが満ちています。この宇宙全体は一つのエネルギー体だといえるのです。この空間にはエネルギーが満ちているのです。
それが繰り返しのリズムを刻ませます。
そして、その自然の繰り返しのリズムに則っているときにこそ、すべての生あるものは命の歓喜を味わうことができます。

このリズムを忘れて生きていれば、当然「苦悩しなければならない自分」となって、せっかく「人間はもともとよろこびの表現体」でありながら生命の観喜を味わえなくなってしまいます。しかし、このリズムに則っているときは、苦悩を必要とせず、よろこびに満ちた生活を味わうことができるのです。
すべてのものが、あらゆることが、本来の姿で生かされている状態。あたりまえのことをあたりまえと感じ、あたりまえの存在としてあたりまえに生きること。そうした状態にあるとき、人間は無条件に「幸福だ」「うれしい」と感知できるのです。
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