■ご質問
私は毎日、般若心経を心から楽しんで書いています。本当に楽しい日課になっています。もともと形式などよく知りませんし、もちろん般若心経の意味などもよく知りません。これで超写経を実践していることになりますか。

□おこたえ
写経や読経を行うことで自らを整え、自らを正しく導き、人々の模範となるに至った人たちは数えきれずいます。
そうした方々に共通しているのは、もちろん持って生まれた素養もありますが、般若心経を表面的に理解することではなく、そこに凝縮された自然のリズムをわがものにした点です。理屈を超えて、見返りを求めず、いまを喜びながら、日々満足しながら行ったことでしょう。
ご質問の内容だけで実践方法が適したものかどうかを判断することは困難ですが、もしご質問の通りだとすれば、少なくともあなたは有効にそのリズムを体得していっていると言えるでしょう。

■ご質問
写経をしたことがあります。般若天行というものではなくて、「願わず、求めず、頼らず」という気持ちで般若心経を書き続けることではいけませんか。

□おこたえ
般若心経には宇宙のリズムがそのまま凝縮されており、生きとし生けるものにおける最高度の英知が備わっているとされています。
しかしながら、永い歳月をかけて脈々と受け継がれ定着してきた、厳格な、そして洗練された形式によって儀式化されている写経が、それを行う人に制約を及ぼすあまり、かえって、畏怖心や崇拝心さえ呼び起こし、それにこだわるあまり、般若心経のもつリズムを体得しにくくしています。「超写経」は、これを根本から変えて実践するものです。
自分を変える道具である般若心経を崇めてしまっては、般若心経のもつ自然のリズムは何もあなたにわかせてくれません。「ただ、繰り返し、行う」ということを、単なる目標程度にしてしまうのではなく、根っこからそれを変え、徹底して実践するために「般若天行」を用います。冒頭と末尾の文字が違うだけですが、しかしこの「経」と「行」の違いにこそ、最大の智恵が隠されているのです。
般若心経も般若天行も、その経文自体に救済力があるのではなく、人間自体がそれを活かせる方法で実践しなければ、どちらを用いても同じことです。
どちらを用いるかということよりも、正しい実践方法で行うことが先決です。そのために何が必要なのか。それは、これまで写経をされてきたご自身が一番お分かりのことでしょう。

■ご質問
現在、宗教に入っていますが、超写経をしても大丈夫でしょうか?

□おこたえ
超写経は、一切の神仏を頂きません。ご利益を求めません。崇めるものもありません。ですから、宗教をされていようがされていまいが、まったく差しさわりのないことになります。

■ご質問
「お父さん、お母さん、ありがとう」は言わないと効果はありませんか?

□おこたえ
自分がいま生かされている、そのもとをたどれば、お父さん、お母さんとの出会いが誰一人として例外なく存在します。つまり、自分がいまここにこうしていることは、この両親の存在あってこそのことです。
素直にそう言えない状態かもしれませんし、他に心配事があって「それどころじゃない」「なんでそんなこと言わなきゃいけないんだ」と思うかもしれません。でも、たとえいまの状態がどうあれ、生命の原点に還って感謝の言葉を口にすることは、自分のすべてを天に預け、理屈を超えてほんとうの自分を声に出して表現することになります。
もちろん環境の制約などもありますから、すべての方が声に出せるわけではありません。それに「言わなきゃいけない」「想わなきゃいけない」というのも自分を意識することになりますから、決して無理はせずに、最初はただ書くだけでも十分です。
しだいに慣れてきて、環境が許せば、少しずつでも声に出してみれば、般若心経のもつ英知をより強く吸収でき、より大きく自然のリズムを体感できることになります。超写経の教室に参加してそのきっかけをつかむのもよいでしょう。

■ご質問
使用するボールペンは何色でもいいですか? えんぴつで書いてもいいですか?

□おこたえ
ボールペンに限らず、何を使って書いても構いません。またその色も問いません。

■ご質問
途中で字を間違えましたが、どうしたらいいですか?

□おこたえ
そのまま、上から書きなぞり直してください。しかし、字の誤りにさほどこだわる必要はありません。

■ご質問
いろいろと雑念がわいてきますが、大丈夫ですか?

□おこたえ
大丈夫です。雑念のわくままに、ただ繰り返しましょう。雑念をなくそうとしません。雑念のままに物事を考えながら繰り返しても構いません。雑念がわいてもそれにこだわらず、むしろその現象を楽しむくらいの気持ちで、繰り返してみましょう。仕事のこと、家族のこと、恋人のこと、嫌な出来事、嬉しかったことなど、何が思い浮かんでも構いません。大自然のリズムを自分のものにできていくと、不思議といろいろな想念が流されていきます。
「こうでなきゃいけない」という気持ちさえ持たなければ、それで結構です。
環境が合えば、「お父さん、お母さん、ありがとう」と口ずさんでみてください。

■ご質問
超写経は、何巻書けばいいのですか?

□おこたえ
このサイトでの実践体験であれ、正式な超写経であれ、一日に一巻で十分です。そして、最終的に何巻書かなきゃいけないという目標設定もありません。いえ、むしろ目標設定をしてはなりません。「求める」ことは超写経にならないからです。一日に何回も書こうと意気込むことは、自分を握りしめることになり、せっかくの行いが実っていきません。
ただし、それが楽しくて、書きたくてしかたがない状態、ついついペンに手が伸びてしまう状態であれば、一日に何巻書いても構いません。書きたい気持ちを抑える必要もありません。
このように、一切の制約はありません。ご自身のペースで行ってください。

■ご質問
書き終えた用紙は、どのように保管すればいいですか?

□おこたえ
超写経は、道具としての用紙を崇める対象にはいたしません。
超写経の教室に参加された際には、書き終えた用紙を大自然(天)に正しく納める方法をご指導いたします(宗旨は一切なく信心もいりません)。
このサイトでダウンロードした実践体験の用紙については、廃棄しても構いませんし、思い入れがあってとっておきたい気持ちがあれば、そのようにすることもまた構いません。その際、保管方法は一切問いません。

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